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自分には才能がない 「凡事徹底」

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自分には才能がないと嘆く人がいる。こういう人は得てして競争心が強いことが多い。

何かを目指している途中で自分よりも出来る人が表れて負けることが多いから、胸を張って「これだけは絶対人には負けない」というものが自分にはないと言いたいのだろう。

世の中「人に負けると悔しい」とか「いつかあの人に勝ってやるぞ」という競争心を持っている人は多い。競争心が強い人は「自分の尺度」で他人と比較して自分を評価しているのだ。

学生時代には「人と自分を比べてはいけない」と教えられるが、学校の多くの場面では順位付けをしていて言葉と現実との間に矛盾を感じていた人もいることだろう。

この矛盾の中にいたのだから、「他人と自分を比べてはいけない」と教えられていたとしても、無意識のうちに「人と比較してしまう脳」になってしまうのは仕方がないことかもしれない。

社会に出ると学生時代よりも更に競争が多くなる。世の中には「相手が自分より評価が上か下か」といった「勝ち負け」にやたらこだわり、何に対しても優劣をつけないと気が済まない人種がいるからだ。

確かに会社という組織はピラミッド構造だから、その中で上の人間になれるのは一部の人だけ。だから同じ目標を持つ人間が「勝ち負け」にこだわって何に対しても優劣つけたがる人だと、こちらがその気じゃなくても自然に競争になってしまうことは多い。

自分と他人とを比べてその優劣だけで自分の評価してしまうのは疲れるだけだ。「他人を超えよう」とか「他人に負けたくない」と思った時から、悲しみや苦しみ、劣等感といった負の連鎖が始まっているのだ。

競争心が強い人ほど心が疲労してしまっている。

「悲しみや苦しみ、劣等感」は他人から自分を認めてもらえることで解放されるのだが、それは麻薬みたいなもので一時の苦しみからの解放でしかない。

「他人を超えよう」とか「他人に負けたくない」と競争心がある限りは、いつも「人から認めてもらわなくてはいけない」という状態になり、そのうち心が疲弊しきってしまって最後は立ち直れなくなる。

そもそも全ての人間に認められることは無理な話である。

人から本当に認められているかどうかは人に本音と建て前がある以上は本当のことを知る術などないのだから、「認められたと感じる」のは単なる自分の思い込みに過ぎない。

人間は生まれや育ちも歩んだ人生も違う、経緯は人それぞれ違うものだ。違う環境にも係らず「人と比べる」こと自体がおかしいことではないだろうか。

凡人が努力しても才能ある人には勝てない。それでいいと思う。大切なことは人と比べずありのままの自分を受け入れること、自分が嫌なところや弱さも含めてこれが自分なのだと認める。

「人からどう思われようが、自分は自分だ!」と思える人が実は一番強い。

才能ある人には凡人がどれだけ努力しても勝てないかも知れない。しかし努力をすることは才能がなくても誰もが出来ることなのだ。これでいい。

努力の支えとなるのは「過去の自分に負けない」「過去の自分より少しでも成長できた」と言えるよう継続することだ。大切なことは他人と比べて勝ち続けることではなく、過去の自分に負けないことだと思っている。

最初から出来なくてもいいから出来るようになるまで粘り強く続け習慣化させる。そうすれば凡人でも時間が掛かるかもしれないがいつか出来るようになる。大切な事はすぐに結果を出せることではなく継続することなのだ。

継続することの大切さを知っていれば、出来るようになった後も慢心することなくその後も同じ努力を続けることが出来る。

人以上にやるのではなく今の自分に出来る当たり前のことを当たり前に徹底してやる。「凡事徹底」でいいのだ。

才能がある人よりも力をつける凡人が多いと言われるのも納得である。

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バナースペース

ここの管理人は「のんくら」です。

Web業でかろうじて食べてるフリーランスな人。pcでご飯食べてる人生ほぼ休憩ちうの人。殆ど人前には出ない人。

人と自分を比べたり競争したりしない超草食系マイペース男子。

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